地元暮らしをちょっぴり楽しくするようなオリジナル情報なら、舞鶴・綾部・福知山の地域情報サイト「まいぷれ」!
文字サイズ文字を小さくする文字を大きくする

舞鶴・綾部・福知山の地域情報サイト「まいぷれ」

営業状況につきましては、ご利用の際に店舗・施設にお問い合わせください。

舞鶴引揚記念館

マイヅルヒキアゲキネンカン

史料館

引き揚げの文化を舞鶴から世界へ、未来へ・・・

「舞鶴引揚記念館」引き揚げの文化を舞鶴から世界へ、未来へ・・・
引揚記念館は、引揚の史実を後世に伝え、平和の尊さを世界に発信する施設として1988年(昭和63年)に開館しました。

全国から約1万2千点の貴重な資料の寄贈を受け、所蔵資料の一部が2015年(平成27年 )10月10日に世界の人々が共有すべき資料として「ユネスコ世界記憶遺産」に登録されました。

引揚の歴史と舞鶴。

1945年(昭和20年)第二次世界大戦が終結し、旧満洲(現・中国東北部)や朝鮮半島をはじめ南太平洋など多くの国や地域に約660万人もの日本人が残されました。

「引き揚げ」とはこれらの方々の帰国事業であり、舞鶴をはじめ呉や博多など、引揚港が全国につぎつぎと設置され、舞鶴は主に旧満洲や朝鮮半島、シベリアからの引揚者・抑留者を迎え入れる港となりました。

1945年(昭和20年)10月7日に最初の引揚船“雲仙丸”が入港してから1958年(昭和33)年9月7日の最終引揚船“白山丸”の入港まで、国内で唯一引揚事業の開始から終了まで13年間にわたり約66万人もの引揚者・抑留者を迎え入れました。
抑留生活体験室
収容所での生活「舞鶴引揚記念館」
抑留生活体験室
収容所での生活
収容所での食事の様子
雪のシベリア収容所「舞鶴引揚記念館」
収容所での食事の様子
雪のシベリア収容所

シベリア抑留と舞鶴市民のおもてなし。

大陸に残された人々の中には、強制的にソ連に送られ労働を強いられた人もいました。いわゆる「シベリア抑留」で、その数は60万人ともいわれています。

苦労のすえ帰国した人々を、舞鶴市民はあたたかく迎えました。
自分たちの生活も苦しいなか、お茶やふかし芋をふるまう市民の優しさに触れた引揚者はたいへん感激され、新しい人生の一歩を踏み出す原動力になったと多くの手記に記されています。
館内展示の様子
白樺日誌「舞鶴引揚記念館」
館内展示の様子
白樺日誌
平引揚桟橋
展望公園「舞鶴引揚記念館」
平引揚桟橋
展望公園

舞鶴引揚記念館の挑戦

平和の尊さを次世代へ継承し、世界へ発信するため平成24年7月からユネスコ世界記憶遺産への登録へむけて取り組みをスタートし2015年(平成27年)10月10日に収蔵資料のうち570点が登録されました。

抑留や引き揚げの労苦だけではなく、戦後の混乱の中で、多くの労苦の末に海外(外地)から引き揚げた人々を温かく迎えた舞鶴の人々のやさしさや豊かな心についても発信してまいります。
名称舞鶴引揚記念館
フリガナマイヅルヒキアゲキネンカン
住所625-0133 舞鶴市平1584
アクセスJR東舞鶴駅より約6km(車で約15分)
JR東舞鶴駅より京都交通バス三浜線または田井・野原線に乗り、引揚記念館前下車すぐ
電話番号0773-68-0836
開館時間9:00~17:00
※入館は16:30まで
休館日第3木曜(8月と祝日を除く)
年末年始
駐車場
関連ページホームページ
Facebookページ
Twitterページ
舞鶴市ホームページ
ジャンル

まいぷれ舞鶴編集長が行ってきました!

まいぷれ舞鶴編集長が行ってきました!

戦争を知らない我々にとっては、「引き揚げ」と聞いても少し縁遠い感じがします。
でも、平和な今だからこそ学ばないといけないことが、ここには沢山あります。
戦争という負の遺産として捉えるのではなくて、強く生きた先人達の姿を知ることで生きていることの有難さを感じ、より良く生きていこうと感じました。

イベントカレンダー
最新のニュース一覧へ
写真(814件)一覧へ
    口コミ

    このお店・施設に行ったことがありますか?

    あなたの体験や感想を投稿してみましょう。

    近くのお店・施設
    お店・施設を探す