例年よりも短い夏休みが終わりました。幸い本校では、新型コロナウイルスに感染する生徒もなく、無事に二学期の開始となりました。写真は水嶋校長のお話を、各教室で聞いている様子です。狭い自分の世界ばかりでなく、「関心を持つ」「思いやる」「つながる」を考える二学期にして欲しい、という内容でした。







校長講話
2学期の始まりにあたり 2020年8月24日
まだまだコロナの感染拡大の中ある私たち。
今をどう捉え、どういう風に考えればいいのか。一緒に考えてみましょう。
この科学文明の進んだ社会にあって、私たちがコロナから自分を守る方法が、手洗いうがい、ソーシャルディスタンスです。
けれど、それは、人間の本来の姿ではありません。
新しい生活様式が提唱されていますが、コロナ後には、これまでの姿に戻ると言うことではありません。私たちが新しい価値観を持った人間として
変わっていかなければならないと思います。
では、どのように変わっていかなければならないのか。その1つの道しるべとして
教皇フランシスコの「パンデミックの選択」というこの7月発行の本から皆さんに紹介します。
まず教皇は、次のように言われています。
「パンデミックからの遅々とした困難な回復を待っている今は、遅れて背後にいる人々を忘れる危険があります。
より悪質なウィルス、無関心なエゴイズムと言うウィルスに犯されるかもしれない危険です。自分にとってよければ生活が改善していると言う考え、自分にとってよければ全てよしと言う考えによって拡散されるウィルスです。そこから始まり、とどめは、人を選別し貧しい人を切り捨て、発展と言う祭壇に、弱い者を犠牲にして生贄とするのです。
私たちは皆弱く、誰もが大切な存在です。
私たちは習慣を変え、祈りを重ねるといった、何気ない日常の仕方を通して
危機に向き合い、それを乗り切るしかありません。
教皇は、祈るとは次のように言われています。
祈るとは耳を開くこと、自分が生きているところで骨を折ること、
風に、静寂に、闇に、雨に目を背けず立ち向かうこと。
救急車のサイレンに心を騒がせること。
自分は誰かに頼らずにはやっていけないと知ること。
それゆえに己を神に委ねること。
主がなさったように人を受け入れ、人に寄り添い、多くの人の苦しみを引き受けること。人を支えられるよう、主と対話すること。
どうでしょうか。
こんな時だからこそ、心を静かに落ち着かせ、自分に向き合ってください
そうする中で、他者とつながり、神とつながっていけます。
この2学期ですが、まだまだコロナは、衰えを見せていません。
行事など計画してもその通りいかない毎日が続くと思います。
その中で私たちはみんなで楽しめること、みんなで喜べることを考え
作り上げていく事はできるのではないでしょうか。
またこのパンデミックがどうして起こったのか。ウィルス拡大の要因が
気候変動であったり環境破壊であったり、戦争であったり、政治の中に原因があるとしたら私たちは何をしたら良いでしょうか。
人は、よくわからないと不安に駆られて人を悪者にし、いじめたり差別したりして安心したくなります。
だからこそ正しく知ることが大切です。自分の頭で考え判断し行動できる力を養うこと。
しっかりとした知識が必要です。正しい知識をもつことでデマやいい加減な情報に振り回されずに、自分で正しい判断をすることができます。「学習」です。
看護科の人は、ひたすらわざをみがき、ひとに役立てる力をつけてください。
マスクとソーシャルディスタンスが、ますます人を無関心にしています。
けれど、人はひとりでは生きていけません,
今、世界は、コロナのワクチンを待っています。けれど、ワクチンができても私たちの考え方が変わらないと、人は幸せにはなれません。
他者に関心をもつこと
人を大切にして思いやること、人とつながっていくこと
それがみなさんの進路や人生を切りひらく力にもなります。
不自由な中でも、皆さんひとりひとりが実践していける二学期にしていきましょう。