日星の歴史をふりかえる(2)
学校法人 聖ヨゼフ学園 日星高等学校
先輩後輩 わが母校 (198)
日星高校② シンボル
心にとけこむ校歌 校章には幸福のクローバー
◇校 歌◇
一、日の出は近し大やしま
清くけ高き明けの明星
とわに安けき光こそ
み母マリアのおんすがた
二、星の光にみちびかれ
生まれいでたる学園を
守らせ給う愛深き
み母の浄配聖ヨゼフ
三、み手にささぐる白百合の 高きかおりにしたひよる
やまと乙女のほぎうたを み母とともにきこしめせ
四、星を仰ぎて学園に 真理の光求めつつ
若き心にかぐはしき 百合の香りうつさばや
(原文のまま)
二十四年四月、学制改革による高校開設を記念して、岡はじめ校長(現・学園長)が作詞。
当時、音楽を担当していた平戸京子教諭の母、広子さん(現東京芸大教授)の作曲で、はじめ
て校歌が生まれた。賛美歌調の曲は生徒の心にとけ込み、同窓会、クラス会でも愛唱されている。
◇校 章◇
キリストをみちびいた「星」のワク内に、マリアにたとえた白ユリを浮きだし、明星を上部に点じ、中央に“幸福”のクローバーをあしらっている。
十八年四月、旧制網野中図工科担当の中川三治教諭が前身の暁星実科女学校の校章としてデザインしたもので、日星高校も同じ校章をひきついでいる。
◇校 長◇
初代校長は、岡はじめ現学園長が、十五年四月、舞鶴暁星実科科女学校発足当時から、聖ヨゼフフ学園に組織変更の二十六年三月まで就任した。文学を愛し、きびしい人柄だが、いつも微笑をわすれない。シスター、職員、父兄、生徒の信望もあつく、対外折衝も積極的な外交家。戦時中に学校や閉鎖したときの悲しみは、忘れられないという。当時ののことを話そうとしないが心のなかで軍の圧制をにくみながら聖衣を脱ぎ、モンペ姿で生徒とともに旧海軍工廠へかよった。
終戦と同時に開校を期し、旧軍用施設の払い下げを大蔵省、近畿財務局などへ働きかけたが、相手にされなかった。「悪口はいやだが、当時のお役人はひどかった」「つくずく女の力の弱さをさとった」と思い出を語る。しかし神の加護はあった。東京から帰りの車中で、同席の人から「米軍を通じ交渉しなさい」と教えられ、さっそく現在の中公民館内にあった「C
IC」(情報部)へ出向き、事情を訴えた。おかげで、わずか三週間で、旧陸軍重砲隊中部十一部隊跡を手に入れることができた。日星高女、日星中学、暁星女子高の三校長を兼務した
が、二十六年、高校、中学、幼稚園などを合わせた聖ヨゼフ学園の学園長に就任した。同時に、シスターだった久次ブイノ現校長が高校、中学校兼務の第二代校長となった。
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